コラム

「インプラントこそ最善」とは、今は考えていません。30年以上診てきてたどり着いた治療の考え方(テーマ:インプラント 第6回/全6回)

30年以上にわたって患者さんの経過を診続ける中で、「優れた治療」と「すべての人に最善の治療」は違うとも考えるようになりました。シリーズ最終回では、長期症例から教えられたことと、現在の私がインプラント治療で大切にしている考え方についてお話しします。

1992年、インプラントは非常に画期的な治療でした

ヒグチ歯科でインプラント治療を始めたのは、1992年です。

ストローマンインプラントを導入し、2000年にはアストラテックインプラント、現在のデンツプライシロナ社のシステムも取り入れました。

それから30年以上が経ちました。

振り返ってみると、私自身のインプラントに対する考え方もずいぶん変わったと思います。

当時は「これこそ最善の治療ではないか」と考えていました

インプラントが普及し始めた当時、私は30代半ばでした。

失った歯の場所に人工歯根を入れ、骨としっかり結合させる。

ブリッジのように隣の健康な歯を削る必要がない。

入れ歯のように取り外す必要もなく、しっかり噛むことができる。

歯を失った患者さんにとって、これほど理にかなった治療はないのではないか。

当時の私は、そのように考えていました。

その評価自体は今も変わっていません

誤解していただきたくないのですが、現在インプラントを否定的に考えているわけではありません。

30年以上経った今でも、

インプラントは非常に優れた治療法の一つ

だと思っています。

実際、当院には導入初期から30年以上良好に機能しているインプラントがあります。

何十年も患者さんの食事を支えている姿を見ると、この治療を導入してよかったと今でも思います。

ただし、その一方で、

「インプラントが一番よいのだから、歯を失ったらインプラントにすればよい」

というほど単純ではないことも分かってきました。

30年診て初めて分かることがあります

歯科医療では、治療直後の結果だけを見ると、とてもきれいに見えることがあります。

インプラントが入り、被せ物が入り、よく噛める。

レントゲンを撮っても問題がない。

もちろん、それは治療として非常に大切なことです。

しかし、インプラントはそこから10年、20年、場合によっては30年以上使うものです。

患者さんのお口は止まっていません

第1回、第2回でもお話ししてきましたが、お口の中は治療が終わった瞬間から静止するわけではありません。

天然歯は少しずつ動きます。

歯はすり減ります。

歯ぐきや骨も変化します。

噛む筋肉や顎の動きも、年齢や生活によって変わります。

そして当然、患者さん自身も年齢を重ねます。

ところが、骨と結合したインプラントは、天然歯と同じようには動きません。

治療直後には完璧に見えた状態でも、周囲が30年間変化すれば、その中でインプラントの位置付けも変わってきます。

「変わらないこと」が長所でもあり、注意点でもあります

若い頃の私は、インプラントが骨と結合して動かないことを、ほとんど純粋な長所として考えていました。

今でも大きな長所であることに変わりはありません。

しかし長期のメインテナンスを続けると、周囲の天然歯や噛み合わせが変化する中で、動かないインプラントだけが同じ場所に残るという現象を目にします。

昔はすべて天然歯でしたから、お口の中の歯は皆、非常にゆっくりと変化していました。

一つだけ動かないものが入ったことで、初めてその違いが見えるようになったとも言えるかもしれません。

インプラントそのものが変わったのではありません。

私たちが長い時間を観察できるようになったことで、見えるものが増えたのです。

天然歯を残せるのであれば、私はまず残す方法を考えます

インプラントが非常に優れた治療であるからこそ、一つ気をつけたいことがあります。

それは、

「インプラントにすれば天然歯より安心」

と考えないことです。

天然歯にしかない仕組みがあります

第2回でご紹介した「歯根膜」もその一つです。

天然歯は歯根膜を介して顎の骨につながり、ごくわずかに動きながら噛む力を受け止めています。

食べ物を噛んだ感覚を察知する仕組みも備えています。

インプラントは天然歯に近い機能を取り戻すことのできる治療ですが、天然歯そのものを再現したものではありません。

ですから、治療によって保存できる可能性のある天然歯を、単純にインプラントへ置き換えればよいとは考えていません。

ただし「何が何でも天然歯を残す」わけでもありません

一方で、天然歯だから必ず残すべきだとも考えていません。

重度の歯周病が進行している。

歯根が大きく割れている。

保存しても炎症を繰り返し、周囲の骨をさらに失う可能性が高い。

そうした歯を無理に残すことが、お口全体にとって良いとは限りません。

歯を残すことも、抜いてインプラントにすることも、どちらかが常に正しいわけではありません。

その歯だけではなく、その先のお口全体を考えて判断する。

現在の私は、そのことを以前よりずっと大切にしています。

インプラント治療では「今のベスト」だけを考えないようになりました

30年以上患者さんを診ていると、治療当時には想像していなかった変化にも出会います。

患者さんが高齢になられる。

残っていた天然歯が失われる。

病気によって通院が難しくなる。

細かな歯磨きが難しくなる。

ご家族や介護される方がお口の清掃をするようになる。

長く使う治療だからこそ、こうした将来も無関係ではありません。

固定式の歯が、いつまでも最適とは限りません

第1回で少しご紹介しましたが、当院の長期症例の中には、当初作ったインプラントの被せ物を取り外し、インプラントを義歯の支えとして利用するように変更した方もいらっしゃいます。

若い頃には固定式の歯が使いやすかった。

しかし年齢を重ね、お口全体の状態が変わったことで、取り外して清掃できる義歯の方が管理しやすくなった。

そのようなことがあります。

これは、最初の治療が失敗したわけではありません。

インプラントが残っていたからこそ、次の治療に活用することができたとも言えます。

良い治療とは「変更できる治療」でもあります

若い患者さんに治療するとき、その方が20年後、30年後にどうなっているかを正確に予測することはできません。

だから私は、

「現在最もよく噛めるか」

だけではなく、

「将来変化したときに対応できるか」

ということも治療計画の中で考えるようになりました。

被せ物を修理できる。

形を変更できる。

場合によっては義歯と組み合わせられる。

必要ならインプラントを使わない形へ移行できる。

長期治療では、完成した瞬間の美しさだけでなく、こうした余白のある設計も大切だと思っています。

インプラントを「するか、しないか」だけが診断ではありません

患者さんがインプラント相談に来られるとき、

「私はインプラントできますか?」

と聞かれることがあります。

もちろん、それも診断します。

しかし、私が考えたいのはもう少し先です。

「できる」と「した方がいい」は違います

現在はインプラント治療の技術が進歩し、骨が少ない場合でも骨造成などによって治療できる可能性があります。

CTによる診断や手術技術も、私がインプラントを始めた30年以上前とは大きく進歩しました。

そのため、技術的に「できる」患者さんは以前より増えています。

しかし、

できるのであれば、必ずした方がよいのでしょうか。

私はそうは考えていません。

治療に必要な処置。

身体への負担。

治療期間。

清掃のしやすさ。

費用。

年齢や全身状態。

残っている天然歯。

そして患者さんが何を望んでいるのか。

これらを考えた結果、インプラントをおすすめすることもあれば、ブリッジや義歯をおすすめすることもあります。

「インプラントをしない」という結論にも価値があります

詳しく検査をして、

「この状態ならインプラントをしない方がよいと思います」

という結論になることがあります。

患者さんからすると、せっかく相談に来たのにと思われるかもしれません。

しかし私は、それもインプラントの診断の大切な結果だと思っています。

インプラント治療の目的は、インプラントを一本でも多く入れることではありません。

患者さんのお口ができるだけ長く、無理なく機能する状態を作ること。

そのためにインプラントが役立つのであれば使う。

別の方法の方が適しているのであれば、そちらを選ぶ。

30年以上この治療を続けた現在は、そのように考えています。

インプラント治療で一番大切なのは「その後も診続けること」だと思っています

この6回のシリーズでは、

インプラントと天然歯の違い。

治療前の診断。

噛み合わせ。

長期予後。

インプラント周囲炎。

メインテナンス。

いろいろなお話をしてきました。

振り返ってみると、すべてに共通していることがあります。

手術の日より、その後の時間の方が圧倒的に長い

インプラントの手術そのものは、一日です。

被せ物が完成するまでを含めても、治療期間には終わりがあります。

しかし、そのインプラントを使う時間は、その後何十年と続く可能性があります。

そう考えると、治療のごく一部だけを見て、

「手術がうまくいったから成功」

と判断することはできません。

5年後も噛めているか。

10年後も清掃できているか。

20年後、周囲の天然歯と調和しているか。

30年後、患者さんの生活に合わせた使い方ができているか。

そこまで含めてインプラント治療なのだと思います。

患者さんと一緒に年齢を重ねる治療です

1992年に治療した患者さんが30年以上メインテナンスに通ってくださっている。

歯科医として、これは本当にありがたいことです。

長く診ていると、お口の中だけでなく、患者さんの生活そのものも変化していきます。

その時々で必要な治療を考えながら、一緒にインプラントも年齢を重ねていく。

今では私は、インプラントをそのような治療だと考えています。